姑が死にました。(いとしさと切なさと心にくさと)

※本ページはアフィリエイト広告を利用しています。

にほんブログ村 にほんブログ村へ
ぽちと応援お願いします♪

あ、そう

先週、LINEグループに息子から、

姑が「施設で亡くなった」と連絡があり。

さすがわかってるうちの娘が

「ママは無関係だからここにあげないで」と

サクっとシャットアウトして私を守ってくれました。

姑(しゅうとめ)とは何か

「元配偶者の母親」とか、

「義理の母」と表記しないのは

「姑」(しゅうとめ)とは、立場・役割ではなく

根性とか性根だと定義していますので

(母、という字を充てるのが汚らわしい)

しゅうとめでしかなかった彼女の総括を

書いときます。

 

姑のエネルギー

他府県に別居でしたし私は仕事をもっており

こちらは彼女にまったく興味がないのに

姑は私にハイパーな干渉エネルギーをお持ちでした。

血縁外親族としての常識的対応は辞さないのですが

婚姻当初にふたりきりになった際

「息子の嫁と実の娘みたいに仲良くするのが夢だった。」

といわれ引きました。

 

私の実母は他界しておりまして

「実母」の存在という牽制要素を欠いたことは

姑の勘違いの増長に多大な影響を与えていました。

 

他人を巻き込まないと成立しない夢とは

いかがなものでしょう。

姑の「夢」(野望)は私にとって晴天の霹靂で

期待(支配欲)は厄災でした。

 

私は自分の人生を考えた時、

姑という登場人物を加味したことはありません。

盆暮れ、母の日、敬老の日などひととおり

ご挨拶やお祝いをするくらいでいいと思ってました。

弱れば親族として力になる気概はありました。

 

姑の言動・価値観・人間関係

①息子が二人いましたが娘はいませんでした。

②私の父の悪口を度々に口にしました。

③嫁はみな財産ねらいだと婚姻前から言ってました。

④私が管理職になった際「どうせ続かないさ」と言いました。

⑤ゼロ歳の孫が泣き止まないと「キチ○イだ」と言いました。

⑥長女で、二人の妹達と険悪で絶縁していました。

⑦穏やかな義祖母(姑の実母)の老いをののしりました。

⑧婿養子の舅を嫌い、私が舅と談笑すると怒りました。

⑨舅が倒れると愛人を家に入れ介護と称して虐待しました。

⑩酒癖が悪く酔うと同じ話を何度も繰り返しました。

⑪公務員だった舅の退職金を数年で使い果たしました。

⑫「結婚したんだからヒールのある靴はくな」と命令されました。

 (時代は平成。日本の出来事です。)

 

対照的に私の父は、スーツで出勤する私をみて

「おまえはいつまでも娘さんのようだね」

と、微笑むようなひとでした。

文化の違いでしょうか。

 

誰とも良好な関係性を築けなかった姑は

感情の排泄ケアを私に求めたのでしょうか。

どうしても母娘ごっこがしたいなら

息子に女装させたほうが効率的だと思います。

 

自分を守るため距離とりました。

物理的には片道2時間半の距離があり

当時はフルタイム勤務で管理職。

配偶者に扶養されるどころか収入は超えており

時間をさく余裕がありませんでした。

睡眠時間を削りもうろうとしながら

新幹線に乗ることに疲れ果て

舅と義祖母が施設で亡くなったのを境に

連絡をやめました。

その後まもなく自分が大病して倒れたこともあり

思い出すことはありませんでした。

Lineのない時代で本当に良かったです。

 

最後に逢ったのは

義祖母の葬儀会場だったかな。

車椅子で参列した姑が絶縁中の妹たちに

下半身を恥じているのがわかったので、

私は咄嗟に喪服用の大判カシミアストールを

姑の膝にかけてさしあげました。

姑の眼差しから謝意を感じたので

善行であったと思います。

 

姑の晩年(20年間ぐらい?)

糖尿病→白内障脳梗塞→半身麻痺

→大腿骨骨折→軽度認知症で施設入居し、

暴言で職員を追い込いこんで

度々、施設を変えながら亡くなったそうです。

何歳だったのか知りません。

 

施設からの死亡連絡を受けて、

たまたま出張で近県にいた私の息子が向かうと

そこには、地元にいる次男も次男の妻も孫も不在で

引き取りをどうしたらいいか困ったそうです。

 

一連の話しをきいて私が感じたこと

①意外と長く生きた。

②早期の施設入所は管理が行き届いてしまう。

③姑の生前から「実家の断捨離したから財産多くよこせ」

   と、主張していた次男夫婦の不在感の不気味。

 

姑から得た教訓

①奢れるものは意外と久しい。

自己実現に他人を加味するのは無謀。

③息子執着は醜い。

④自己管理能力は教養である。

⑤老いたれば寡黙であれ。

 

姑後遺症

母息子というセットに嫌悪感を感じます。

「息子に執着する母親」というカテゴリーの

気持ちわるさに反応してしまいます。

私自身は息子に手をかけずにきましたが、

逆マザコンとでも申しましょうか、

息子は幼いころから希薄な存在を確かめるような

いじらしいそぶりをすることがあります。

keito1.hatenablog.com

そんな時、少しだけ罪悪感を感じますが

母性というのはやっかいなので

差し引いてこの程度でいいかなと思います。

 

まとめ

今にして思えばなのですが

20代~30代頃は姑の餌食になってあげることが

人徳、美徳だとどこかで思っていた節があります。

正解は「ほっとく」なんですが、ああいう人達は

嫌われることでも、人の関心を引こうとするので

とにかくめんどくさかったです。

今、職場にもそういう初老女性は多いです。

これは、姑個人の特異なパーソナリティーでなく

社会学文化人類学的には平凡な生存戦略なのかもです。

集団形成する生き物は他者に認識されないと生き延びられません。

哀しいかな老いた雌は群れでは無用な生命体です。

私はひっそりと生きていくことにします。

 ▽『PLAN75』倍賞千恵子よりポジティブな70歳の闘争で妹の倍賞美津子さんもファイト

   第26回 岸田戯曲賞  山崎 哲 作『うお傳説』で快演の田根 楽子 先生も出演されています。

姑はあの!細木数子センセー思わせる風貌でしたが

(『ズバリいうわよ』私、大好きでした w)

姑を想うとき

私の脳内になぜかこの曲がリフレインします。


www.youtube.com

(篠原 涼子さんの目が、細木数子ママよりこわい)

この曲は姑から嫁へのラブソングです。

全国の姑のみなさん。

唄いましょう。

報われない何かを葬るために。

 

★ご訪問に感謝です。応援いただけるとうれしいです★